双極性障害者(躁鬱病)三水マリンの心の叫び

双極性障害(躁鬱病)抱えて8年目三水マリンの思ってたこと、思ったことを書きます。ただ、それだけ。

閉鎖病棟に入院して2日で退院しました

 

三水マリンです。

 

双極性障害だと思っていたら、いつのまにか統合失調感情障害という、統失and双極性障害に診断名が変わっていたため、希望の病院に入れず、

 

仕方なく慣れ親しんだはずの病院に入院しました。

 

しかし!閉鎖病棟に変わっていた!

 

…知ってたけど。

 

昔は、ドアが開放されてて、2時間までなら病院の側をブラブラできた。好きな時に。

 

それがなくなり、病棟の扉にオートロックがついてて、二日前までに主治医の許可を貰わないと、一日2時間のブラブラすら、できない。

 

そして売店にさえいけない。

 

そして、病棟に戻ってくる度に、荷物検査と金属探知機…。

 

老人が数人いて、誰も言葉を発さない、静寂の広がる閑散としたホール。

 

ここは老人ホームかな?というかんじ。

 

あとはゾンビみたいな、ブサイクでボサボサで目が死んでて、下を向いている生気の無い若い人がポツポツとたまに廊下で見るくらい。

 

食事中も一切会話が無く、静かなので、隣の老人のクチャクチャ音が気になって不快なので5分もしない間に毎食完食。

 

…私がデブなだけだけど、病院食がめちゃくちゃ少ない。

 

お腹が減ったら、売店でカップラーメンでも買うか!…も出来ない。

 

それが不安すぎました。普段、夜の過食をするので。

 

最初の一日で、眠剤を飲んで1時間で目が覚めた時にもう無理だ!って気持ちでいっぱいに。

 

看護婦さんに相談したら、昔、ちょっとお世話になった看護婦さんで、

 

私が無理、退院したい

 

というと

 

それが正常な感覚です

 

という言葉が返って来た笑笑

 

しかし!次の日、主治医どころか当直医もインフルエンザでいなくて退院は2泊してからになりました。

 

もう次の日の朝から鬱で鬱で。

 

一応、午後2時間だけ外出できたんだけど、とにかく朝からごねてて、

 

2時間の外出は病院付近じゃなきゃいけないのに、近くの大きな駅まで電車に乗って過ごし、このまま家に帰ろう、脱走しよう!と思ったけど、

 

もう、本当に自分でも嫌になるくらい、根が真面目なので、病院に予定の10分前には帰った笑笑

 

そのあとプライマリに帰りたい帰りたい連呼したけどね。。。

 

眠くないのに、時間を潰すことも出来ないのに、消灯するのは本当にストレス!

 

分かってたから消灯前に帰りたかった…。

 

無理でした。

 

夜は長い長い地獄だった。こんな強い眠剤飲みまくってるし、追加眠剤も飲んでるのに、寝れなかった…。

 

次の朝、すぐに退院準備して、主治医と話して。

 

私に内科医が精神科の研修がついていて、こんなに早く退院してしまい申し訳なかったのだけど、

 

私の退院したい理由に、いつでも外に出れないという閉塞感。恐怖。

荷物検査に金属探知機…

死んだような患者と死にそうな患者しかいないという(老人という意味で)

状況

 

ストレスをなくしたい、鬱を治したいと思って入院したのに、常にストレスだし、自分が精神病なんだと常に思い知らされることによって鬱が悪化します。

 

と告げたら、内科医も勉強になりました…難しいですねぇと。

 

もう、一生この病棟に入院することはないと思い、帰り際に昔お世話になった看護婦さんにお別れの挨拶をしたら、

 

こんなになっちゃってごめんね…

 

と言われましたw

 

ほんとだよ!笑笑

 

昔のこの病棟を知ってた看護婦さんからしたら、本当に地獄に変わっていたことを分かってるんだな笑

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

地獄というのはちょっと違うかも。

 

開放病棟だったときは、飼い慣らされた自由的なのがあったけど、閉鎖は飼われていた笑笑

 

あの病棟にいる人、ほんと見た目が死んでるだけでなくて、マジで精神は死んでると思う。

 

ただ、生かしているだけ。

 

そんな場所のような気がした。

 

入院している人も生きる気なんてないんだ。

 

ただ、あの状況じゃ死にようがないから生きてるんだろうなあ。

 

なんか、死後の世界にいたような気分でした。

 

もしくは刑務所とか?

 

分からないけど、本当の精神の病気を分かったような。。。

 

これで1番軽い病棟ですからね?上へ上へ1番上はどんなところなのだろう????

 

死にたいとか、普段の鬱とか細かい悩みとか、ある意味吹き飛んだね!笑

 

まだ、帰りたい、という衝動に駆られたのは、私の中の正常な精神が働いていたのだと思う。

 

あのまま、入院を続けることが出来る精神だったら、私はもうあの病棟から一生出てこなかったかもしれない。

 

 

 

三水マリン